(H20年8月活動報告)

| 日時:H20年8月21日(木)晴 参加者25名 行程:桜台発→R41→美濃加茂市・太田宿→R248・R156→美濃市で昼食(六鹿寿司)→ 今井家住宅・番屋→美濃和紙の里会館→R156・R418→関刃物会館→東海北陸道→桜台 |
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参加者は25名でしたので座席はゆったり使用でき、桜台から中山道・太田宿までバスで約2時間、 企画担当のN氏が見学先の「散策資料」で詳しく説明して下さいました。 |
| 中山道・太田宿 | ||||
| 美濃十六宿の中央にある太田宿。太田宿には、中山道三大難所の一つに数えられた「太田の渡し」があり、尾張藩の代官所もあったことから、政治・経済・文化の中心地として栄えました。中山道は別名「姫街道」と呼ばれたほど、天皇や公家の姫君が多く利用した街道でした。中山道を選んだのは、東海道は交通量も多く、途中に遭難の危険の高い七里の渡しや大井川があったためといわれている。 太田宿中山道会館 (美濃加茂市太田本町) 左奥に岡本一平(1886〜1948・漫画家、岡本太郎の父、)の住居の一部を移転した「糸遊庵」がある。 |
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| 、 太田宿・本陣門(美濃加茂市指定有形文化財)・・・本陣は解体されている 本陣は宿駅の中でも諸大名、公家、旗本、幕府の役人、勅使、公家などが休泊する最も重要な施設で福田家が代々務めた。 文久元年(1861)仁孝天皇の皇女・和宮が徳川家茂に嫁ぐため江戸に向かう時に新築された医薬門。 ちなみに、和宮お輿入れの行列(約50km)は人馬7,856人、280匹、世界でも比類ないことでした。 太田宿に10月27に宿泊、11月15日に江戸に到着した。 |
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本陣門・・・格式ある薬医門 |
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太田宿・旧脇本陣林家住宅(国重要文化財) 江戸時代の名残を今にとどめる数少ない建物。本陣の予備的な機能を持ち、本陣と旅籠屋の両性格を併有する半公的宿泊機関。自由党総裁板垣退助が地方遊説のおり林家に宿泊。翌朝岐阜に赴き、演説会場で暴漢に襲われたと言われる。 |
太田宿街道の枡形(この先がカギ形に道が折曲がっている。 見通しをきかせない戦略的配慮) (右・旧小松屋と、奥・祐泉寺) |
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| 龍興山・祐泉寺 [境内には播隆上人(槍ヶ岳に鎖設置開山)墓碑、志賀重昴(日本ライン命名)墓碑、北原白秋句碑、坪内逍遥(太田宿生れ)歌碑、松尾芭蕉句碑などが立ち並ぶ] |
木曽川(昔は堤防や橋も無く渡船・太田の渡しががあった) 日本ラインの船下りの出発地 |
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美濃市「うだつの上がる町並み」(国選定重要伝統的建造物保存地区) (ボランティア観光ガイドさんに案内していただいた) |
旧今井家住宅・美濃史料館 (江戸末期から昭和16年頃まで和紙問屋を営んでいた。 中庭に水琴窟がある. ) |
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[うだつ」が上がる町並み。道幅は防火上6mほどで広い。 |
お昼は寿司屋でウナギ巻き寿司 |
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美濃和紙アカリアート館(美濃市本住町) 1階は売店、2階がギャラリーで全国から参加のアート展作品を展示 |
毎年10月体育の日の前日の土日に開催される (美濃和紙あかりアート館・2階の写真デスプレー) |
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美濃和紙の里会館 折り紙、桑名の千羽鶴、ちぎり絵、彫型画などの趣味を 持っている人には魅力的で興味があるところ (紙漉き体験ができるが、かつて小原田村で体験したので今回は見送り) ![]() |
関市・刃物会館(関市平和通り) 刃物展示場、刃物研ぎ工房、刃物直売所、ティールームからなる施設。 刃物研ぎ工房で体験ができる。 最後の見学地として立ち寄り、剪定鋏、包丁、彫刻刀など思い思いの買い物をしました。 |
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