桜の史跡NO.5
        
           (きょうづか と きょうづかやま)
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四日市市公開型GIS「遺跡情報地図」で、桜地区「山上公会所」から「山上経塚遺跡」まで計測すると約406mでした。(なお、ミルク道路口から経塚までは約510m)

「四日市市公開型GIS]に文字を挿入・加工しました。(責任・eitaki)



経塚山の入り口
ミルク道路から山上(やまじょ)への
進入路沿い。


経塚山頂上
経塚山は、桜町山上の丘陵地に続く小高い山
(約86メートル)です。

 ここの経塚は未だ発掘調査が行われていないので、一般的な経塚の形態であるかどうかは不明です。
 また、経塚山の頂上付近が安正寺の所有であることから、一説には教尊法師の墓所とも言われています。

『西勝精舎聞書抄』山田教雄著に以下のように記されています。
  • 永正7年(1510)3月16日、教尊法師84歳で逝去。
  • 花王山の西廟(経塚山か?)に葬り、遺骨を各寺に分ち、宗廟を建てた。
  • また、大正時代の初め、経塚山から経筒が出土したことがある、とも書かれています。
    (しかし、その出土した経筒の形状や保管者等詳細不明)

山上経塚について判明していること   
   (参考文献:三重県四日市市遺跡地図 / 四日市市教育委員会編/1985年など)
  • 遺跡名
        山上経塚(やまじょうきょうづか)
  • 遺跡番号
        0277
  • 遺跡種別
        その他の遺跡・経塚
  • 備考
        石積みの方形基壇1基健在
        三等三角標のところ円墳状に残る
        周囲が方形の平坦面造成?されている
経塚とは  
  • 経塚は経典を主体として土中に埋納したところ。
    その営造は仏教的作善行為の一種で、平安時代の中期、ほぼ十世紀の終わり頃、我が国で創められたと考えられる。

  • 埋納される経典
    『法華経』がもっとも多いが、『無量義経』『観普賢経』のいわゆる開経・結経を添えた場合がある。その他『般若心経』、『阿弥陀経』、『弥勒経』、『大日経』などがみられる。

  • 埋納経典の材質
    紙に書いたもの(紙本経)、粘土板に錐などで書いて焼いたもの(瓦経)、銅の薄板に彫ったもの(銅板経)、滑石に刻んだもの(滑石経)、石ころに書いたもの(礫石経)、貝殻に書いたもの(貝殻経)などがある。

  • 経塚が営まれる位置
    社寺の境内やその近傍が多い。また高所や景勝地。

  • 埋納方法
    紙本経は容器に入れ、小石室に納めて、その上を土石などで覆っている。
    この際、鏡・利器・仏像・仏具・合子・銭貨などを副えることが多い。
    経容器は通常経筒と呼ばれ、普通円筒形で銅製品が多いが、陶製・石製もある。
    なお、経筒をさらに外容器(筒、甕、壺など)に収めた例も少なくない。

    (出典・『国史大辞典4』吉川弘文館)


    (出典・『日本考古学事典』三省堂)

  • 経塚は、 奈良県金峰山(きんぶせん)、滋賀県比叡山横川、京都府鞍馬寺、三重県朝熊山(あさまやま)、和歌山県新宮など有名な聖地では多数が集まって群を形成している。

  • 経塚の発生時期・場所などは未だ明確に解明されていない。

  • 遺物で最も早く確実な例
    長徳4(998)年の奥書がある藤原道長埋納の『法華経』などと、それを納めた寛弘4年(1007)在銘の経筒である。(奈良県金峯山経塚出土)
    これには、極楽往生などの願意と、末法思想に基づく弥勒信仰と、それに根ざした法住を祈る気持ちが記されている。

  • 鎌倉時代には、追善供養的性格が顕著になり、室町時代には廻国納経の一手段に用いられ、その結果、必然的に経筒は小形化、規格化されるようになった。
末法思想とは
  • 末法
    釈尊の死後を三区分した最後の時期。
    像法(ぞうほう)の後の一万年を指し、修行するものも、悟りを得るものもなくなって、教えのみが残る時期。一般に日本では、1052年(永承7)に末法に入ったとされる

    末法思想
    末法に入ると仏教が衰えるとする予言的思想
    中国では、隋代頃に流行し、三階教や房山石経を生んだ。
    日本では、平安後期から鎌倉時代にかけて社会全般に大きな影響を与え、浄土教の流行などをもたらした。

    当時、末法が1052年(永承7)年からはじまるとされ、その接近に際して経典が消滅する危機意識があり、それ(経典)を埋納して後世に伝えることを意図したのであろう。
    11〜12世紀に集中する瓦経・銅版経もその意図の表れである。


参考文献『三重県四日市市遺跡地図 』 四日市市教育委員会編、『西勝精舎聞書抄』山田教雄著、『国史大辞典4』吉川弘文館『日本考古学事典』三省堂、『日本史辞典』岩波書店 『広辞苑』岩波書店、 2000年8月、2019年10月22日更新 (文責・永瀧洋子)