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経塚山の入り口
ミルク道路から山上(やまじょう)への侵入路沿い。



経塚山頂上
経塚山は、桜町山上の丘陵地に続く小高い山(約86メートル)です。

 ここの経塚は未だ発掘調査が行われていないので、一般的な経塚の形態であるかどうかは不明です。
 また、経塚山の頂上付近が安正寺の所有であることから、一説には教尊法師の墓所とも言われています。

 経塚山について判明していること 
    (参考文献:三重県四日市市遺跡地図 / 四日市市教育委員会編/1985年など)
  ●遺跡名
    山上経塚(やまじょうきょうづか)
  ●遺跡番号
    0277
  ●遺跡種別
    その他の遺跡・経塚
  ●備考
    石積みの方形基壇1基健在
    三等三角標のところ円墳状に残る
    周囲が方形の平坦面造成?されている

経塚とは
 仏教の経典を納めた塚のことで、平安時代末期、末法思想が盛んになったときに、経文を紙、瓦、石などに写して、金銅陶製の経筒に入れて土中に埋め、後世に伝えようとしたもので、仏像や仏具も共に埋められることが多く、遺跡は全国各地にあります。

末法思想とは
 平安時代後期から鎌倉時代にかけて流行した仏教思想。釈尊入滅後、2000年を経ると仏教が衰える末法の世が訪れ、末法が終わると教えさえも聞かれなくなる法滅の世が来るとする思想。

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