平成13年、桜の閻魔さまが博物館デビューしました。




閻魔さま
四日市市桜町南公民館蔵
製作 江戸時代



桜の宝物・閻魔さまは、
下記の期間、四日市市立博物館にて特別展示されていました。

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「冥界の裁き 閻魔さまと地獄の世界」 東海に残る六道信仰の造形
場所・・・・・四日市市立博物館                            
期間・・・・・平成13年9月15日(土)〜10月21日(日)             
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桜の閻魔さまのプロフィール
名前 閻魔王。
本籍地 もちろん地獄。
俗界に於ける本籍地は不明。 明治9年の伊勢暴動で焼け出される迄は、多宝山智積寺であったと考えられていますが、智積寺と閻魔さまの関連性は不明です。 
関連ページ・・・智積御厨と多宝山智積寺へ
現住所 四日市市桜南区公民館。
同居人 現在は、桜南区公民館で、薬師如来様と十二神将様方々とご一緒です。
職業 地獄で、死者を裁く裁判官の10人(十王)のお一人、中でも大王として君臨します。 
閻魔様は、死後五七日(ごしちにち)35日目に、現代の最先端テクノロジーも遠く及ばぬ浄玻璃鏡(じょうはりきょう)や檀荼幢(だんだどう)を駆使して、亡者の生前の行いを映し出し、正確公正な審査を尽くし、その亡者が六つの世界(六道)・・・「天」・「人」・「修羅」・「畜生」・「餓鬼」・「地獄」・・・の何れに進むかの裁きを下すとても重要なお仕事です。
仕事仲間 9人の親密なお仲間をお持ちです。
死者の生前の所業の審査には、初七日から順番に10人の王があたり、閻魔王様は5番目の五七日(ごしちにち)の審判を担当されている関係上、9人のお仲間がいらっしゃいます。
不慮の出来事 何時の出来事か、はたまたその原因も定かではありませんが、両手首を失うという大事故に遭遇されています。 ちなみに、博物館で拝見した磯部町の十王もご同様です。
他の閻魔さんの例から、右手に「笏」をお持ちであったと推定されます。
(この件に関してご存知の方はどうぞお知らせください。メールはこちらへ
容姿 木造彫像で、体格は小柄ながらどっしりと威厳に満ち満ちて座っていらっしゃいます。(坐像の高さはおよそ30センチメートル)
閻魔さんは恐ろしい形相であるというのが当たり前ですが、桜の閻魔さまは、昔はどうあれ、現在ではお体が小柄なためか、どことなく愛嬌のあるお顔で、全体のお姿からも「憤怒」「威嚇」などの語を思い出させず、内に秘めた厳しさをお持ちのご様子で、そうであるから尚一層、「威厳」が伝わります。
装束 頭に、「王」の文字が入った王冠を被り、着衣は、中国の道教の行者が着る「道服」をお召しです。
笏を握る場合もあります。 中国の皇帝をモデルにしています。
着衣の特徴 赤に染められた衣に、「鳳凰」が浮き彫りにされています。 
これは四日市市内には他に例がなく、貴重な作例だそうです。(博物館の解説)
もう一つの顔 .本地仏としての地蔵菩薩さまがほんとうのお姿で、閻魔さまは仮のお姿であるとも考えられています。 地蔵菩薩は六道に迷う人々を救済する慈悲深い仏様です。
地獄で閻魔王として亡者を裁断するだけでなく、賽の河原で子供を救ったり、地獄から亡者を救済する慈悲深い仏の一面を併せ持つ・・・・・愛に裏打ちされたスパルタ方式で、人々を正しい方向にお導きくださる・・・・・と考えるとき、桜の閻魔さまのなんとも不思議なオーラが、納得できるような気がしませんか?

 昔、と言ってもほんの50年くらい前まで、「お地蔵さま」は私たちの身近な存在であったし、また、「地獄」も「閻魔さん」も難解な仏教の世界を越え、多かれ少なかれ私たちの心の奥底に根ざすまでになっていたと思います。 しかし、若い人に、閻魔さまの話は通じないかもしれないという懸念から、馴染みやすい形でご紹介させていただきました。
これを機に、桜の仏像や郷土史に興味を抱き、桜という土地柄に愛着を持っていただけたら幸いです。

参考文献:「冥界の裁き 閻魔さまと地獄の世界」(四日市市立博物館発行)   掲載:2001/09/30  文責:永瀧 洋子

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