桜郷土史研究会>活動報告(2008年6月7日掲載)

平成20年(2008年)度桜郷土史研究会講演会


    
(四日市市桜町一色で、江戸末期に陶器「桜焼」がつくられた)

日  時 : 平成20年(2008年)5月31日(土) 
午後1時30分〜
主  催 : 桜郷土史研究会
場  所 : 桜地区市民センター 2階中会議室
講  師 : 林 尚澄 先生 (海星高校教諭、桜町在住)
聴講者数 : 30名

「桜焼」の誕生から終焉まで (林尚澄氏「桜焼講座」レジメより作成)
製陶年代 江戸末期、弘化元年(1844年)3月15日〜文久2年(1863年)8月までの19年間
創始者 津藩領内・伊勢国三重郡桜一色村の庄屋石川平八郎氏。 弘化元年創業時41歳。
「星光山貞斎」と号す。 文久2年(1863年)8月逝去。(59歳) 
窯の所在地 窯は桜一色村(現・四日市市桜町一色)の荘岡山全福寺(通称・一色の地蔵さん)の北側にダルマ窯形式の窯が築造された。
製法 創始者・石川平八郎氏は、近江国信楽郷長野(近江国甲賀郡長野村、現・滋賀県甲賀市信楽町長野)の陶器職人を呼び寄せて製陶業を起こす。
陶土は滋賀から荷車で搬入した。(直系の御子孫で現当主・石川周澄氏が先代から直接聞いた話とのこと)
また、常滑風の朱泥の作品も多いことから、常滑からも陶土を搬入したと推察される。
弘化元年3〜5月の2ヶ月間のうちに、貞斎昼夜苦慮して「鮫焼」の秘法を会得する
林尚澄先生によると、
 この鮫焼は薩摩焼系統の竜門司焼の鮫焼の作風に近似し、厳密には竜門司窯の西組窯がルーツと考えられるそうです。
桜焼の種類 鮫焼、生鮫、薄雪、松皮班、仙徳、枹宮、志登呂、鳥羽黒、黄瀬戸、村雲、虫喰柿、本朱、本金色・・・以上13種
銘は「星光山」と「貞斎」の2種有り
現存する作品
(1990年代調査時)

下記、所蔵館名記載以外の作品は全て個人所蔵。但し、現在「個人所蔵品」のうち一部は行方不明。
「星光山」の銘がある作品  
  「本朱平小鉢」、「鮫焼大壺」、「生鮫信楽風急須」

「貞斎」の銘がある作品
  「本焼金色急須」、「白松皮斑筒茶碗」、「松皮斑瓢形花器」、「鮫焼香炉」

銘の無い作品 
  「鮫焼赤壺」、「鮫焼蓋付壺」、「鮫焼徳利」(四日市博物館蔵)、「生鮫瓢形徳利」(パラミタミュージアム蔵)、「赤松皮斑筒茶碗」、「松皮斑花器」、「虫喰柿小皿」、「鮫焼徳利めでたく」、「鮫焼小鉢」、「鮫焼茶壷」、「桜焼鳩笛」
林尚澄先生の陶器コレクションの一部を拝見させていただきました。

生鮫信楽風急須 114×115mm  
銘: 「星光山」(蓋の裏)
参考陶器
中央: 菰野藩の「菰山焼」
銘: 「菰山」
終焉 創始者石川平八郎氏の長男石川平八氏(襲名・平八郎)は、弘化元年(1844年)3月15日の開窯当初からよく父を手伝ったが、製陶業を継がなかった。故に、鮫の獰猛さを秘めた鮫焼をはじめ優美繊細で興趣に富む名陶「桜焼」は、惜しくも文久2年(1863年)8月を以て19年一代限りで終焉を迎えた。

       講演会・「幕末の名陶“桜焼”について」   講師・林 尚澄先生
          


「挨拶」 桜郷土史研究会中根修前会長