ban_kyouson 「桜の史跡」NO.6 説明板集Eへ
        (きょうそんほっしのひ)
     

 教尊法師の碑は、戦国時代に浄土真宗を当地に伝えた僧・教尊を崇敬して、桜町西区山上(やまじょう)の人々が昭和57年に建立しました。 註:教尊法師の碑文の詳細はここから
「教尊法師の碑」
山上は丘陵地のとても眺めの良い所です。
「いきいき塾」の皆さんの見学風景

  • 1461(寛正2)年、近江国神崎郡山上郷(現・滋賀県東近江市山上町)の山上(やまがみ)城主・小椋頼利は、浄土真宗中興の祖といわれる本願寺八世蓮如上人(1415〜99)に帰依し、法蔵坊教尊と称する。

  • 1462(寛正3)年、教尊法師、平尾村に一宇造立し三谷山福泉寺と号す。(現・四日市市平尾町130)
    以後、僧形武将として近江国の山田城と伊勢国三重郡の間を鈴鹿山脈を越えて往来する。

  • 西勝寺住職山田教雄著『西勝精舎聞書抄』によると、「西勝寺系譜」に「延徳二庚戌年五月、伊勢国三重郡佐倉之里創建一宇、化導有縁居住、是号桜岡山、其土地命名山上」と記し、「安正寺史料」には「延徳二年五月、智積郷佐倉之里、山上居住」と記すとあります。

    1490(延徳2)年5月、教尊法師は智積郷佐倉之里(現・桜町西区山上)に浄土真宗教化のため念仏道場として法蔵坊を創建し、同信の徒16名も付近に住み着き、やがてその土地を山上(やまじょう)と命名した。

  • 1503(文亀3)年7月、平尾村の三谷山福泉寺火災に遭い武器法物焼失する。翌年再建される。

  • 桜地区には二つの寺がありますが、いずれも教尊を開基としています。
    1504(永正1)年、教尊法師、智積に一宇造立。(桜岡山西勝寺
    1505(永正2)年、教尊法師、桜一色に一宇造立、隠居して法蔵坊と称す(後の華王山安正寺)。

  • また、津市芸濃町椋本の存仁寺も教尊を開基としています。

  • 1510年(永正10)、教尊法師逝去、享年84。

  • 法要: 毎年4月1日、石碑の前で教尊法師を偲んで法要が盛大に営まれます。



山上公会所に安置されている阿弥陀如来像

 いつ頃からか分かりませんが、山上の人々は、旧会所で阿弥陀如来像をずっとお祀りしてきました。
 その旧会所は、教尊がこの地で布教を始めた時の「法蔵坊」があった場所に建っていたので、この仏像も相当古いと考えられています。

(仏像の全高(光背と台座を含む)=110cm、
本体高=75cm)
 新しい公会所ができた際、黒い木像姿の仏像に金箔が施され、仏壇も洗濯して修理されました。

 旧会所では、毎年1月13日から18日までの間、この仏様の「お七夜さん」があり、よその村からも大勢来て大変賑わったそうです。
(この場合の「お七夜さん」は、真宗で親鸞の恩に報いるための法会「報恩講」を指します)

 現在、「お七夜さん」は、毎年1月15日と16日は西勝寺で、続いて17日は山上公会所で行われています。

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