桜地区指定史跡21ヶ所 の 概略
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NO 史 跡 名 称 概         略
20 一生吹山の歴史 1539年、若き佐倉城主小林重則が、関一族の峯城主峯盛定を一生吹山の出城(でじろ)で迎え撃つも、敢え無く敗れ矢合川北岸で自害した悲惨な戦争の歴史。佐倉城主小林家の出自から、攻撃を受けるまでの経緯など歴史背景に迫ります。
19 鵯岡白滝不動
(ひよどりがおか)
お堂は1931年(昭和6)建立。「雨池」の傍の谷間で偶然発見された石像の「不動明王」をお祀りしています。附近の梅林は見事。
18 雨池用水と大師堂
(あまいけようすい)
江戸幕府や藩の新田開発奨励策によて、智積村では一生吹山の西北の窪地に「下雨池、通称・雨池」と、その上手約100mの奥地に「新雨池、通称・瓢箪池」が築造され、一生吹山麓の田地化が進みました。大師堂は弘法大師の水にまつわる伝説に因み、「豊かな水」を祈願して建立されました。
17 智積廃寺跡
(ちしゃくはいじあと)
四日市市最古の仏教寺院跡。発掘調査で、金堂・講堂・僧房が南北一直線に並ぶ伽藍配置と確認され、飛鳥時代末期の創建で約100年間存続したと推定されています。 また多数出土した川原寺式直系の軒瓦とその分布、また当地が壬申の乱で大海皇子が通過したルートに近いことなどから、この寺は乱での功績が評価された豪族の氏寺だと考えられています。
16 桜観音堂 古より村人が守り仏として聖観世音菩薩を慕い続けてきました。今日でも、縁日には参詣人で賑わいます。
階段横に佐倉城主の墓石や五輪塔が安置されています。
15 智積御厨 と
多宝山智積寺
智積御厨は1160年代に成立し、1200年に多宝山智積寺が創建されました。戦乱などで数回焼失するもその都度再建され、遂に明治9年伊勢暴動で焼失しました。 現在、ご本尊の薬師如来坐像と十二神将、閻魔像は南区公会所に祀られています。
14 延福寺跡 1529年の戦火で焼け、以降数々の変遷を経て、ついに明治7年廃寺となる。現在、ご本尊の薬師如来坐像は西勝寺に安置されています。
佐倉城主小林家との関連にも注目されたい。
13 加賀姫 と
椿岸稲荷神社
智積御厨の領家・松木家の息女加賀姫が1605年に建立した「幸田神社」は、明治42年(1909)神社合祀によって椿岸神社に合祀されましたが、昭和35年(1960)「椿岸稲荷神社」と名を変えて再建されました。
桜地区の中世史上、唯一の女性加賀姫は、90歳の老齢で神社建立して、以後里人に敬愛されて今世紀まで継承されました。
13
番外
椿岸神社
(延喜式内社)
(註:当然のことに、椿岸神社は桜地区の指定史跡ではありませんが、上記「13.加賀姫と椿岸神社」との関連で付記します)
もと桜町西区字椿尾に在ったとされる椿岸神社は、1560年現在地に再建され、以降桜地区住民の氏神様として崇敬されています。
12 引石(ひきいし) 江戸時代中期、村人は生水川(今の矢合川)の石橋の両橋詰に一本ずつ「引石(石柱)」を建て、その両石柱に一本の綱をかけました。川の増水時には流されない様にその綱につかまって“南無阿弥陀仏”と唱えながら橋を渡りました。
11 三十三間筒
(さんじゅうさんげんどう)
三十三間筒は金渓川の底に埋めた樋管です。菰野町の蟹池から引いてきた農業用水は、この樋を通過して桜地区側に取り出され、長い水路を巡って智積の広大な水田を灌漑します。三十三間筒は智積養水の重要ポイントです。
10 瑞光の石碑
(ずいこう)
度重なる洪水から村人を救うため、尼僧が自ら進んで生き埋めとなった伝説のある石碑。
桜神社跡の碑 「桜神社」は往古から明治42年に神社合祀されるまで、桜一色村の産土神でした。石碑には、安濃郡安濃津(現・三重県津市)の儒者山田直行が明治2年に桜神社参詣時に作った詩が刻まれています。
当地では「桜一色村は桜村から枝分れした村」と考えられてきましたが、果たして真実か? 桜神社に焦点を当てつつ「桜一色村の由来」も併せて考察します。
地蔵堂 室町時代1429年に幕府との戦いで敗死した伊勢国司北畠満雅の冥福を祈って、後年村人が地蔵菩薩を本尊として建立した寺の名残りのお堂。
当地には「北畠満雅が当地の桜の美しさを愛でて荘園とした」という伝承があります。「北畠氏と北伊勢の関わり」を中心に歴史背景を読み、伝承の糸口に迫ります。
八幡神社と山の神 創建年代不祥。山上の人々の氏神様・八幡神社と庶民信仰の山の神。
教尊法師の碑
(きょうそんほっし)
1461年、近江国から桜の地へ来て山上(やまじょう)に居を構え、浄土真宗の布教に努めた教尊法師の記念碑。教尊は智積町の西勝寺桜町の安正寺平尾町の福泉寺津市芸濃町椋本の存仁寺の開基です。
経塚と経塚山 経塚は書写したお経を経筒に入れて埋めた所。安正寺所有地で教尊法師の墓とも言われています。
宝木院七福寺 昭和56年建立。個人の造営により七福神など50数体の神仏が祀られています。
金刀比羅宮
(ことひらぐう)
昭和10年建立。信仰深い村人が近隣の人々と共に金刀比羅さんをお祀りしました。
弁天様と山の神 江戸末期の1850年、桜町西区乾谷(いんだに)の溜池「大谷池・通称弁天池」の守り神として祀られた「弁天様」、そして「山の神」は、現在乾谷公会所の敷地内に鎮座します。
釣谷林道
(つりたにりんどう)
昭和10年、桜村青年団が林道の拡張工事に汗を流した記念の碑。
(註: NO.13番外は、椿岸神社側が石碑に刻んだ碑文で、他とは異なります。)

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